長谷川裁判長は判決理由で「施設は主に子ども連れの来園者を想定しており、市は単独行動する幼児に対する安全性の確保が求められる」と認定。「背もたれが無いだけで安全性を欠いていたとは言えないが、「枯れ枝の硬さや鋭さから、転倒した人がけがを負うことは予見すべきであった」などと両親側の主張を一部認めた。賠償額については「保護者が監護義務を怠った程度も小さくない」として減額した。
判決によると、長男は95年4月、公園内にある子ども動物園の背もたれのないサークル状のベンチからあおむけに転落。植え込みのツツジの枯れ枝が後頭部に刺さり、約1カ月後に脳挫傷で死亡した。ベンチには母親や姉が一緒にいた。市は事故後、現場の植え込みを花壇に改装した。
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生後間もないお子さんを亡くされた親としての悲しみ、ショックに対しては同情を禁じえないし、非常に不幸な事故に遭遇されたこともお気の毒だともおもう。 親としての自責の念は想像以上だと思う。
しかし、そうした親の感情を察した上でも、なおこの判決には全面的には納得できない、いささかの割り切れなさが残るのはなぜだろう。
植え込みは普通によく見かけるサツキ(ツツジ)です。 年に何回かは剪定をしていただろう。 不幸にして今回は非常に悲惨な結果となってしまった。 管理者である行政にまったく責任がないかと言えばば、そうとは言い切れまい。 しかし、判決の1200万円の賠償責任まであるかとどうかというと甚だ疑問だ。
訴える側からすれば、この動物公園は、後ろ足で直立するレッサーパンダの風太君で有名になり小さい子供が沢山来るようになったため、このような不幸な事故が再発しないようにとの警鐘の意味があったかもしれない。
では、行政にすればどこまですれば管理責任を全うしたことになるのだろうか?
街中にある植栽などを全て覆ってしまえばいいのか。 それでは何のための植栽なのかわからなくなるし、景観的にも褒められたものではない。
年に数回の手入れ等を毎週あるいは毎日でも行わなければならないのか。 そのコストを考えたら一切の植裁は撤去してしまうしかない。
危険と思われる工作物はすべて撤去すればよいのか。 設置しなければならないものにはすべて保護カバーをつけて、ベンチには「幼児を一人で放置かするな」と注意書きを掲げ、幼児・園児には全員ヘルメットの着用を義務付けるのか。
これらはどれも現実的ではあるまい。
世の中安全な場所ばかりではない。
公園に行けば小さい子供の頭の高さに柵があったり、階段があったり、段差があったりする。 町中には電柱もある。 ガードレールもある。 歩道に段差もある。 これらだって安全設備である反面、衝突すればケガもするだろう、骨折もするだろう。 そんな二面性を持っている。
だからといってこれらでケガしたり最悪死亡したからといって、こういう日常的な事故にまで責任を追求すると、道でつまずいたりしても、その穴ぼこを埋めなかったとして管理責任が不十分で賠償責任を問われることになろう。
親に責任はないのか?
施設、工作物が安全か危険かを見極め、それを子供に教えるのも親の役目じゃないのか。 子供にとって危ないからといって、なんでもかんでも排除していったらどうなるの。 少なくとも、安全じゃなさそうな場所は親がきちんとフォローし成長の過程でその危険性を認識させなきゃいけないのではないか。 それが理解できるようになるまでは、親は子供から目を離すべきではないし、手を離すべきではない。 理解もできず、一人歩きできるような年頃の子供の場合には、なお一層親は保護管理に細心の注意を払うべきなのではないか。 事故当時、母親は少し離れた場所で知人と話をしていたという。 1歳の子供をベンチに放置して離れた場所でおしゃべりしていたって言うのはどうなの。
それなのに、当初の賠償請求額5100万円。 この金額は親の過失を認めた上での請求額だったのだろうか? 過失割合は五分五分としたら1億円以上の請求と同じことになる。
「私の責任も言われると思いますが・・・・市にも安全管理について考えてほしい」 なるほど。 自分の責任も一部は認めるが大半の責任は行政にあるってことなの? どのくらいの割合で親の責任を認識していたのだろうか?
千葉地裁は、母親と千葉市の責任を3:1として、はじき出した上で、市が施設の安全管理を怠ったのが原因として賠償額を減額している。 それが1200万円。 どうですこの責任の割合、賠償額。 もし管理者の立場だったらどうだろう? こんなことならこの動物公園は閉鎖したほうがいい。
例えば、座ったベンチの脚が腐っていて、そのために倒れてケガをしたのなら管理者に責任を問うことはいいだろう。 常識的な管理を怠ったのでなければ、管理責任を問うことは非現実的だと言わざるを得ない。 今回の事故は多分に偶発的な事故であり、見舞金程度の賠償額の支払いを命じるのが妥当だったのではないか。
こういうことが認められるとしたら、これからは、ケガをするなら公共施設の中でということにならないか?
訴訟大国のアメリカでは、様々な事が訴訟の対象となっている。 日本も段々こういう責任転嫁型とでも言う訴訟が提起されるようになっていくのだろうか。
何かあればすぐに訴えられる。 ジジイはそんなビクビクした萎縮した社会が健全な社会だとはとても思えないが、世間はそんな社会の出現を望んでいるのだろうか?
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